「とみー」って誰?

富山 知輝(とみやま かずき)

  • 岡山大学工学部3回生
  • Follop代表
  • 1997年7月7日生まれの21歳

大学一年次、初海外の「タイ」で価値観が大きく変わり、「圧倒的な行動力」を最大限に活かすことを決意。

東南アジア縦断一人旅で、ベトナム、カンボジア、タイへ行ったのち、「国際協力」に興味を持ち始め、2017年1月、国際協力学生団体Goingを創設。(先日ネパールに図書館を設立完了。)

その後、子供のころから漠然と思い描いていた「世界を変えるくらい大きなことがしたい」という野望から、起業・スタートアップに興味を持つ。

大学でスタートアップ団体を立ち上げ、数多くのイベントを主体的に開催してきた。

2018年7月から、SNSマーケティングに関する事業「フォロ割プラットフォームFollop」に力を入れ、CEOとして起業を視野に入れて活動している。

 

モットーは「とにかく行動し続けること」

 

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「過去を振り返って」

 

保育園時代

(右腕を犬に噛まれながらも、カッコつける幼少期の僕ww)

当時の僕は、毎日毎日あばれに暴れていて、恒例行事のように先生から怒られていました。

お化け屋敷では、あまりの恐怖から、お化けに扮した先生たちを殴ったり、興味本位で押したボタンが赤い消火栓のスイッチだったりしたこともあるようなとっても迷惑な子供でした。

僕は、とにかく暴れるヤンキー的な存在だった。

 

小学時代

当時の僕は、保育園の時からしたら、だいぶ落ち着いて、スポーツに励むようになりました。

それは、「ソフトボール」。

小学校6年間続けて僕はエースとして、「1」番を背負ってピッチャーになりました。

この時の夢は「プロ野球選手」かと思いきや、「スパイダーマン」。

小学生で夢みたいなこと言うなと言われたんですが、僕は結構本気でした。

生物のなにかの方法で「蜘蛛」のDNAを自分に遺伝子交配?をできないだろうかと考えていました。笑

そんな当時の僕は、まだまだ幼い、ただの坊主の少年でした。

 

中学時代

当時の僕は、私立の中学校へ行くか迷ったが、早々とお金をかける必要はないだろうと考え、近くの市立の中学校へ行きました。

部活は「野球部」、ではなく、「卓球部」。

なぜかというと、野球部のグラウンドが狭いと聞いていたのと卓球部が強い!と聞いていたためでした。卓球なんかやったことも興味もなかったので、ただ自分自身成長したかったから始めました。当時から、ぼんやりと向上心が出てきたんだと思います。

卓球部に入ってからは、見る見るうちに強くなっていく、この卓球というスポーツにハマりまくりました。

図書館の卓球に関する本は全部読んだし、筋トレや素振りも毎日した。おまけに、毎朝6:30から1~2時間ひたすらにサーブ練習。

その結果、キャプテンに選ばれ、団体戦では、県大会では負けなしで断トツの「県大会優勝」でした。「全国大会」にも出場しました。

当時の僕は、まだまだどこにでもいるような。ただの坊主でムキムキな卓球少年だった。

 

高校時代

当時の僕は、高校デビューしたい!とおもい、髪を伸ばすことを決め、読者モデルにあこがれた。卓球も続けていたんですが、中学のような勢いはあまりなくなっていることに気づきました。

だけど、それでも県内ではトップ4には入っており、「中国大会」という大きな大会に参加できました。当時もキャプテンでした。この時から、積極的に「リーダーシップ論」や「経営論」の書かれたビジネス本に興味を持つようになりました。

高校生活は、「君に届け」の映画のような毎日が来ると想像していたが、大きく違うことに絶望していました。

ですが、絶望にも耐え、積極的に女子と遊ぶように心がけた。結果、「あいつはチャラい」と噂になった。

 

モノ作りが好きだったので、将来は、飛行機の開発に携わりたいと思うようになってきました。

 

大学時代

大学一年はとにかく大学デビューしたいと思い、合格発表1日後、髪をブリーチなしの一番明るい色にしました。これで、大学生になれた、と思いました。

大学では、新しいことがしたい!ということで、卓球をやめ、新入生第一号としてラクロス部に入りました。「ラクロスで日本代表になる」。そう決めたのは、なんかラクロスがかっこよかったから。ただそれだけ。

大学の部活は結構ハードで、毎朝5時起きで毎日毎日練習しました。

雨や泥まみれの中、ぐちゃぐちゃになって汗まみれになってから、学校に行く日常にうすうす疑問を覚えてきました。また、全員で100人以上いるのにレギュラーとして出られる人数は10人。

圧倒的にレッドオーシャンでした。

そこで大学での目標として掲げたのは、「1か月アメリカへ留学して英語をマスターする」ということだった。

 

一年の夏、アメリカ留学の前に、とりあえず海外どこでもいいから行ってみたいと思い、申し込み締め切り当日に「タイへ2週間行くこと」に決めました。それは、大学が提携する中で一番安かったから。

たまたまや偶然にながされてきたが、この「タイへの語学研修」で大きく世界に対する見方が変わった。「ここすげええええ」これがリアルな感想。とにかく刺激だらけだった。

これを機にたくさんのことをチャレンジできるようになった。外国人と仲良くして、積極的に話すこと。外国人と一緒に住むという経験。そん日常の中からもたくさんの刺激を受けていました。

そのあと、挑戦にドはまりしてしまい、ヒッチハイクで東京や大阪まで行ったり、東南アジアを死にそうになりながら縦断したり、あとは渋谷のど真ん中でフリーハグをしてみたりととにかく面白そうなことをやっていきました。

この小さな成功体験をかさねていくにつれて、どんどん自己肯定感が高まって自分ってなんでもできるんじゃね?って思うようになりました。

また、その挑戦の過程で学生団体を立ち上げて、「国際ボランティア」をしてきたり、ネパールに図書館を立てることを目標にやってきました。

(あと少しで建設完了!!)

 

そんなこんなだったんですが、ボランティアが本当にしたいことかって言われたらなんか違うなって思いました。自分が目指すべきところは「スティーブ・ジョブズ」や「ビル・ゲイツ」のいる場所でした。そのためには、何をすべきか。

「起業」です。

そこから、世界にイノベーションをもたらしたいという気持ちで「スタートアップ」に携わるようになりました。現在は、岡山でたくさんの起業家とあって、たくさんのお話を聞いていくうちに僕にも新しい何かを創る、起業にとても魅力を感じるようになりました。

 

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